新・わしのつぶやき
過去ログ

2003年09月03日(水)
「23時55分の出来事」

私の住んでいるアパートはそんなに大きくはないが自分の他にどんな人たちが住んでいるか全部把握しているわけではない。
いや、むしろほとんど知らないと言っていい。
先程エレベーターで偶然ひとりの男と乗りあわせた。
その若い男はエレベーターが降りてくるのを待ちながら携帯電話でしきりにメールを打っていた。
後方から近づいた私に気が付くと軽く会釈をして、また手元の携帯に視線を戻す。
今どきの若者と言った人相風体で取り立てた特徴は無かった。
大学生かな?と思ったくらいだ。
あえて言うなら長めのもみ上げと幾分ほそい吊り目が印象に残った。
ほどなくエレベーターが開くと男は先にはいり5階を押した。
私は少しほっとした。
私は3階で降りるのだ。
見知らぬ男は同じ階の住人ではなかった。
別に同じ階であってもなんら支障があるわけもないのだが。
同じ階の男の顔を知らない自分のうかつさをとりあえず再認識せずに済む事からくる安堵感だろうか。
違う階であったと言う事実は夜の偶然の出会いが強いる緊張感を少しだけ緩ませてくれてほっとしたのだ。
私が3階のボタンを押そうと手をのばしかけた時だった。
「何階ですか?」
若い男はこちらを向いてそう聞いた。
予想していなかった一言に不意をつかれた格好で一瞬たじろいだ。
「あ、あ、3階・・・、お願いします」
途中まであげた手のやり場に一瞬気をとられつつ慌てて答えた。
男は3階のボタンを押した。
直後の短い沈黙のうちに私は色々考えた。
まず自分のセリフを確かめた。
お願いします、はおかしくなかったか?
聞かれた質問は何階か?なのだから「3階です」と答えるべきで「お願いします」ははなはだ厚かましいセリフではなかったのか?
おまけになんですらりと出ずに「あ、あ、」などと言ってしまったのだろう。
なにも慌てる必要などないよくある普通のシチュエーションではないか。
いや、そんな事を考えてる今こそ軽いパニック状態にあるのではないか?
私はとっさのセリフやいい加減に発した言葉などを後で考えてくよくよするクセがあるのだ。
私は考えながら階数表示が1階から2階に変わるの見上げていた。
ふと若い男の顔がこちらを向いた気配に気付いた。
私も階数表示から目を離し男に向いた。
視線が合うと男は破顔とまではいかないがそれに近い笑顔を浮かべた。
そしておもむろに言った。
「実はぼく、あと5分で誕生日なんですよ!」
そう、時計は日の変わる5分前。
23時55分だった。
あまりに突然の告白に私は一瞬何も考えられなかった。
そしてほぼ反射的に
「それは、おめでとうございます」
と言っていた。
続いて何か言わなくては、と思い、あと数秒でエレベーターの扉が開き自分は降りてゆく事を思った。
短くまとまり、なおかつ会話として成立する言葉が必要だ。
早く。
「おいくつですか?」
ああ、なんと凡庸な言葉であろう。
しかしこれが精一杯であった。
若者は私のようにたじろぎもせず慌てる事もなく笑顔でスラリと返答した。
「27になるんですよ」
それは私が去るまでの時間をたっぷりと残した素早い返答だった。
しかし「困ったぞ」と考えるよりも先に「へえ!」と言う感想が頭を支配した。
大学生かな?と思ったように21〜2才かと予想していたからだ。
エレベーターの扉が開いた。
私は言った。
「とても見えません。もっとお若いかと思いました」
随分と若く見える。正直な感想であった。
男はうれしそうにすぐに答えた。
「ありがとうございます!」
「おめでとう」の礼か「若くみえる」の礼かは分からない。
エレベーターから降りた私に続けて
「おやすみなさい」
と挨拶をした。
「おやすみなさい」
・・・エレベーターの扉は静かに閉まった。
上階にのぼるかすかなモーター音を背に私は我が家に到着した。
手を洗いウガイをし時計を見た。
そろそろ日が変わる。
ふたつ上の階ではさっきの男が27年目の新しい始まりを祝っている事だろう。
きっとひとりで。
メールでは伝えきれない喜びを直接誰かに言いたかったのに違いない。

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うひゃ〜。
「さっきエレベーターで知らん男に誕生日だと告白されたー!面白ーい。」
と書き込むだけのつもりがいつしか小説風になってしまった〜(汗)
せっかくなんで「わし」を全部「私」に直しちゃった(笑)

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